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オツルミズ沢

オツルミズ沢との出会いは今から6年前、水無川北沢へ向かう時だった。

駐車場から林道を歩いている途中、突如視界に入ってきた白い物体・・。よく見るとそれは滝。山上のV字稜線から流れ出した水が岩肌の露出した崖を優雅に落ちていた。
それより奥に谷の存在を感じさせないスカイラインからの流れに、まるで天から水が湧き出しているかのようだ。
生き物の様に躍動しながら落ちる水は一旦山腹に隠れ、下部で再び大滝となって現れる。あまりのスケール感に思わず目を疑った。
「こんな沢があるのか・・。」

これがオツルミズの第一印象だった。今までの自分の常識を覆す存在に驚くと同時に、強烈に引き寄せられる何かを感じた。その瞬間、すでにこの沢の遡行は決まっていたのかもしれない。

その翌年、数少ないチャンスを見計らい遡行を試みるも、あいにくの雨で流れてしまった。その後フリークライミングにのめり込み、4年間も沢を離れていたにも関わらず、私の心からオツルミズが離れることはなかった。
この沢を遡行しなければ、この気持ちは一生続くかもしれない。そう思った時、再び沢に戻ることを決意した。

4年ぶりの沢であったが一切トレーニングをせず、いきなり挑戦することにした。それはこの沢を遡行すること以外頭に無かったからだ。
オツルミズでワラジ馴らしというのも酔狂か・・。沢に行かずもクライミングの能力では以前より格段に上がっている。
とりあえず行けば何とかなるだろう。若さゆえにそんな無謀な考えで行けたのかもしれない。

 

10月26日(晴)

北沢以来の懐かしい林道を歩く。遠目に見る美しい滝の流れが、時間を一気に4年前に引き戻した。
遡行前の期待と不安の入り混じるあの緊張感を思い出す。気持ちのコントロールは既にできている。あとは流れに身を任すまでだ。

今でもしっかりと覚えているオツルミズ沢出合に着く。このすぐ先には80mもの高さを誇るカグラ滝が、関門のようにそびえているはずだ。
橋の脇から沢床に降りる。すぐ先には10m滝があるので、短い間にまずはフェルト足袋の足裏感覚を確かめておかねばならない。岩床に擦り付けフリクションの信用度を確認する。

10m滝は左壁を登るが、ホールドの乏しいフリクションクライムとなり、緊張感のある登攀にいきなりの洗礼を受ける。
続く4m滝は登れず左岸巻き。側壁のスラブから外傾バンドに上がりヤブに入るが、最初の一歩が悪く石積みして取り付く必要があった。

巻いた先はカグラ滝直下となる。 カグラ滝80mはスケールの大きな滑らかで美しい滝だ。これだけでも普通の沢なら十分ハイライトになり得る。だがオツルミズではこの大きさが普通なのだ。
先にはまだまだ巨大な滝が待っていると思うと、無事に帰ってこられるか一抹の不安がよぎる。しかし、ここまで来た以上、意を決して行くしかない。

下部は階段状で易しいが、上部に行くほど傾斜が増し悪そうだ。過去にはここで滑落死亡事故も起こっており、ガイドブックではロープを出すことを勧めている。
だが単独でロープを出すのは一苦労な上、時間もかかってしまうので、フリーソロで行くことにする。やばくなったらクライムダウンすればいい。

登攀途中、あえて振り返り下を眺める。久しぶりの高度感だ。先の遡行のため、高度に慣れておく必要がある。足元に広がる空間を写真に収め、いよいよ上部へ。
ホールドがしっかりしていて思ったほど悪くない。水流の脇を登っていくと問題なく落ち口に出られた。すでに以前の感覚を取り戻すことができたようだ。

最初の関門を突破し、意気揚々と先へ進むが、突如不思議な物体が目に飛び込んできた。よく見ればそれは巨大なスノーブロック。タワーのように威圧的にそびえ立っている。
その先は滝のようだが、崩れた雪渓で完全に埋め尽くされている。右岸のザレた岩稜を登って上部へ抜けるが、先には豪快な20m滝がコップ状の滝壺を構えていた。

成す術もなくそのまま右岸のヤブに入り大高巻きを開始する。約1時間半のヤブ漕ぎでようやく沢床へ戻るが、間髪入れず20mクラスの連瀑が続く。
快適なフリークライミングで次々に直登して行くと、いよいよサナギ滝が眼前に迫り最下部のオーバーハング滝に辿り着いた。ここは右岸のバンドから巻き、二段目から登攀が始まる。

5段200mを誇るサナギ滝の登攀は、普通の沢登りではなかなか味わえないスケールだ。 フリクションのいい乾いた岩のクライミングは爽快の一言。
最上段の滝下までは問題なく上がることができた。ただ最上段の10m滝は簡単には越えさせてくれなさそうである。 周りは急な岩壁に遮られ、弱点と思われるラインはどれも沢足袋では厳しい登攀となりそうだ。

一番楽そうに見える左岸ルンゼからの巻きを選択する。
下部の傾斜のあるフェースから上部のルンゼがラインとなる。滝のすぐ脇で瀑風を浴びながらの登攀となるため、早々に抜け出したい所だ。
このラインは下の滝の落ち口上部を右上するため、5mも上がると足元は完全に滝下の大空間となる。今まで登ってきたラインを一望でき、凄まじい高度感である。
落ちれば相当な距離をダイブすることになるだろう。 今までロープを出さずに済ませてきたので、今回もとりあえずフリーソロで取り付いてみる。

慎重にホールドを選び、ダイブ準備万端な位置まで到着。だがここで先に進むか躊躇する。ここから先は思い切った動きが要求され、一旦進んでしまったらクライムダウンはできないだろう。
先のルンゼは見た目にホールドが乏しく、登れる確証はない。もし失敗すれば確実に死だ。かと言って戻ってロープを出すのは瀑風にさらされながらの作業となり、体力と時間の消耗が激しい。
覚悟を決めて先へ進もうとするが、どうしても不安が拭い去れず一歩が踏み出せない。散々悩んだ挙句、諦めてロープを出すことにした。

支点工作中あっという間に全身びしょ濡れとなり、あまりの寒さに手足の感覚がなくなる。だがロープさえあればもう安心だ。しかも空身で行ける。
先ほど躊躇していた場所は問題なく通過するが、懸念のルンゼは見た目以上に悪く、ズルズルの泥チムニー登攀となった。掛かりの良さそうに見えた上部のホールドは思いのほか悪く、しかも浮いている。

バランスの悪い体勢でしばらく奮闘していたので、途中で腕がパンプして力が入らなくなってきた。このままではやばいと思い、滑る足を信用して一気に上部に乗り上がる。がむしゃらに登り、なんとかヤブまで達することができた。
30mロープいっぱいで潅木から支点を取る。

非常に際どい登攀だった。ザックを背負ったまま登っていたら、おそらく落ちていただろう。
もしあの一歩を踏み出していたら・・、と考えるだけでゾッとする。判断ミスが死に直結することをリアルに感じた出来事だった。

この先を無事に巻けるか不安であったが、ヤブ伝いに問題なくサナギ滝上に出られた。下部からの登攀を含め、この滝を登るのに3時間の苦闘を強いられたことになる。
(後から調べたところ、この滝は通常右岸の凹角を登って巻くらしい。左岸を登った記録は見当たらない。)

精根尽き果てるような登攀に疲労がピークを迎えるが、すぐ先には厳しいゴルジュが容赦なく続いている。しばらく山に来ていなかった私にとって、すでに体力の限界が近づいていた。
時間は14時を回っている。1泊2日の予定なので、のんびりとしている余裕はない。

先のゴルジュは、泳いで行かなければ全貌が見えない滝から始まる。先ほどの登攀で冷え切った体がゴルジュに入るのを拒否し、取り付き易そうな右岸の尾根に吸い込まれるように巻きを開始する。
しかし、ヤブの巻きですら安心感を与えてくれないのがオツルミズ。急な木登りに近いヤブ漕ぎは、万一足を滑らせたら勢いで手を離してしまいそうだ。下は奈落の底だけに緊張が尽きない。

思えば、遡行を始めて今まで気が抜ける場所はほとんどなかった。少しでも気を緩めれば死ぬかもしれないという、精神的ストレスを継続的に受け続けている。
体力も限界に近く、意識を強く持っていないと「フッ」と手を離してしまいそうだ。
「俺はこんなところで何をしているんだ? 何でこんな辛い思いをしている?」
現実逃避したくなる気持ちが強くなる中、「気を抜いたら死ぬぞ」と自分に言い聞かせ、トラバースを続ける。

はるか先には大滝80mが見えるが、あそこまで巻かなければならないのだろうか・・。30mロープしか持ってきていないため、手前で沢に降りるのは厳しい。
巻き始めて2時間半、ついに日が暮れてきた。まだまだ先は長い。仕方なくかろうじて座れるテラスを見つけてビバークに入る。
ヤブの中だが足元は急斜面で高度感がある。暗黒となった谷底が不気味だ。

開けた谷ゆえに携帯の電波が入ることが、このビバークの唯一の救いだった。下山連絡係に下山日を一日遅らせることを伝える。
これで時間に追われなくて済む。また、他パーティがここの巻きをどうしているかの情報をもらう。やはり途中で降りずに大滝下まで巻いたほうが良さそうだ。

山で携帯を使って情報を得るのは、沢登りの理念に反している気がするが、もはやそんなことを言っている余裕はなかった。
情報収集もさることながら、何より精神的に疲れ切っていた心に、安らぎをもらうことができて良かった。この時ほど携帯に助けられたことはないと思う。

そのまま寝たら斜面を滑り落ちていきそうなので、周りのヤブでセルフを取り、ハーネスを付けたままシュラフに入る。

 

10月27日(晴)

数本のヤブに命を預けていると思うと安眠できず、あまり休まらない間に朝が来てしまった。 先の不安は尽きないが、もう戻ることは厳しい。

再びヤブのトラバースを始め、途中でルンゼを何本か横切る。一箇所、深いルンゼの通過で10mの懸垂下降を強いられた。
大滝手前に近づいたところで尾根伝いに下降。最後は草付きの露岩帯をクライムダウンし沢に降り立つ。

久しぶりの沢床だ。この巻きに費やした時間は実に5時間。大滝80mは傾斜が緩く快適に登っていく。
高度感はあるが、ここまで来るとすでに当たり前の感覚だ。下部は右岸、上部で左岸に渡って直登する。
大滝から上は明るく開放的な沢となった。

20mの滝は右岸草付から巻く。草付だが踏跡がしっかりあるのでそれほどでもない。次の20mは左岸巻き。やはり草付だが高度感慣れしているので問題ない。
次々現れる美しい小滝を越えると、さしもの悪渓も優しい表情に変わった。ついにオツルミズも終わったかと心が休まるが、それは甘い考えだった・・。

突如巨大な雪渓が現れ、上部を通過せざるを得ない。分厚く安定した雪渓のどん詰まりで、沢は直角に右曲。そこには絶望的な20m滝が落ちていた(C1350)。
右岸側は丸く侵食され、まるで円形劇場のようである。周りを見渡すが弱点らしきものは見えない。もちろん直登は不可能。
右岸の遥か上部の尾根まで上がれば安全に巻けるかもしれないが、膨大な時間を食うだろう。

左岸は上部にヤブが見えるが、そこに至るには泥壁から草付に入り、トラバースするしかない。おまけに泥壁に取り付くには、雪渓からシュルントを1mほどまたぐ必要がある。
シュルントの形状から、一度取り付いたらもう戻れないだろう。さらに恐ろしいことは雪渓の高さが15mほどあるので、取り付いた時点で沢床からすでに15mの高さにいることになってしまうことだ。

落ちればシュルントの暗い闇に吸い込まれる。泥壁は見た目に悪そうで、上の草付きも急である。取り付いて登れる保障はどこにもない。
そんなリスキーな賭けはしたくないので他の方法を探してみるが、残念ながら今の状況での選択肢はそれしかなさそうである。

こんな終盤でまたピンチにさらされるとは、どこまでも気が抜けないオツルミズ。沢に自分の心の強さを試されているような気分になってくる。
「いい加減解放してくれ!」と心の中で叫ぶ。 逃げ出したい気分だが、どこにも逃げ場はない。
先に進むしかないのだ。

決意を固め、シュルントから泥壁に一歩を出す。慎重にバランスを取りながら、一気に壁に乗り移る。泥の上に乗った砂利が滑るのをこらえ、ゆっくりと上に登っていく。
草付に入るが、ポキポキ折れる頼りないフキばかり。バンドが左のヤブへと続いているのが唯一の救いだ。微妙なトラバースで安全圏に逃げ込む。
何とも不確定要素の強い巻きであった。こんな巻きは二度とご免だ。

これが本当に最後の核心だったようだ。これより先はさして難しい所もなく、易しい小滝やナメを越えていく。
疲れた心を癒してくれるような美しい源頭に詰め上がり、駒の小屋へと辿り着いた。

 

やっと終わった・・。長年の目標をついに達成したのだ。
この遡行で、自然の真の厳しさを肌で感じ、数々の試練を乗り越えるための強い心を得ることができたと思う。
「死への恐怖」、「生への執着」を思い出させ、生きていることをリアルに感じさせてくれた。

私にとって沢登りは、自然と一体になれる最高の手段であるとともに、自分自身への挑戦でもある。
沢は大抵、美しくなるほど困難になる。より美しい自然、より強い自分に出会うため、これからも沢登りを続けていくことだろう。

オツルミズ沢・・生死を賭けた命がけの遡行は、今でも私の心に鮮明に焼き付いている。

                           (2009年7月記)

カグラ滝80m
≪ カグラ滝80m ≫
オツルミズの最初の関門。
険しい沢筋
≪ 険しい沢筋 ≫
遥か上部、双耳峰の間に
サナギ滝が見える。
まさに天から落ちるが如し。
 
スノーブロック
≪ スノーブロック ≫
タワーのように聳え立つ。
雪渓に埋もれた滝は左の側壁を上がる。
コップ状20m滝
≪ コップ状20m滝 ≫
成す術もなく巻きへと追いやられた。
 
コップ状20m滝上方
≪ コップ状20m滝上方 ≫
スケールの大きさが分かる。
美しい自然の造形。
20mクラスの連瀑
≪ 20mクラスの連瀑 ≫
最初はこれがサナギ滝だと間違えた。
どれも直登できる。
サナギ滝200m
≪ サナギ滝200m ≫
遥か高みから一気に流れ落ちる。
最下段はハングしているので
左のバンドから巻く。
サナギ滝落ち口
≪ サナギ滝落ち口 ≫
緑の深い釜となる。
最高の展望を得られる場所だ。
サナギ滝上のゴルジュ帯を巻く
≪ サナギ滝上のゴルジュ帯を巻く ≫
基本的に藪漕ぎだが急傾斜
なので油断はできない。
足元は奈落の底。
 
大滝の遠望
≪ 大滝の遠望 ≫
巻き途中にて。紅葉が美しい。
大滝下までかなりの距離を
巻くことになる。
 
大滝80m
≪ 大滝80m ≫
下部は左壁、上部は右壁へ
移って直登する。
思ったより悪くはない。
大滝落ち口にて
≪ 大滝落ち口にて ≫
壮大なV字谷が広がる。
巻いてしまったのが残念だ。
20m滝
≪ 20m滝 ≫
大滝上で最初に現れる
明るく美しい滝。
右岸の草付から巻く。
20m滝
≪ 20m滝 ≫
これは左岸の草付から巻く。
高度感があるが既に当たり前。
美しい小滝群1
≪ 美しい小滝群1 ≫
滑らかに流れる滝が多い。
美しい小滝群2
≪ 美しい小滝群2 ≫
さしものオツルミズも上部では
優しい顔を見せる。
30mナメ滝
≪ 30mナメ滝 ≫
いよいよ詰めは近い。
源頭
≪ 源頭 ≫
緑の草原が続く。
気持ちの良いフィナーレだ。
駒ケ岳ピークにて
≪ 駒ケ岳ピークにて ≫
紅葉に映えた山々が美しい。
駒の小屋
≪ 駒の小屋 ≫
冬季閉鎖のため利用できず。
外で寒いビバークとなった。
駒ケ岳遠望
≪ 駒ケ岳遠望 ≫
下山途中にて。
多くの素晴らしい沢を持つ貴重な山だ。

【 遡行データ 】

  • 対象 : 越後駒ケ岳 水無川 「オツルミズ沢」
  • 行程 : 「オツルミズ沢」遡行~登山道「グシガハナ」経由で下山
  • 日程 : 2005/10/26~28 2泊3日
  • 形態 : 単独
  • ギア : 三つ道具、スリング、9mm30mロープ
  • コースタイム :
  • 10/26  駐車場(5:50)-オツルミズ沢入渓(6:10)-カグラ滝下(7:10~7:30)-滝上(7:55)-コップ状20m滝下(8:10~8:30)-滝上(10:00~10:20)-サナギ滝下(10:40~10:50)-サナギ滝上(14:00~14:20)-(15:00~15:25)-巻き途中(17:00)△BP
  • 10/27  △BP(6:25)-80m大滝下(8:55~9:10)-大滝上(9:45~10:00)-(11:05~11:20)-(12:00~12:10)-20m滝C1350(13:25~13:40)-(14:00~14:20)-上部二俣C1620(14:30)--(15:05~15:20)-駒の小屋(15:25)△BP
  • 10/28  △BP(7:30)-駒ケ岳(7:50~8:05)-グシガハナ(8:40~8:50)-(9:45~9:55)-登山口(10:55~11:05)-駐車場(11:45)

 

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